生まれてきてくれてありがとう。

2024年5月7日。
その日、僕は父親になった。

予定よりも少し早く、その日は突然やってきた。
早めに里帰りした妻が破水した知らせを聞いて、急ぎ東京から三重へ。
三重の病院に着いて最初の2日間は、少しずつ衰弱していく妻を横目に「父親は何もできないものだ」と呑気に考えていた。

しかし、破水から3日目に着いてから状況は一変した。
お腹の赤ちゃんの心拍が一時的に弱くなっているという。医師が「緊急帝王切開になります」と口にしたとき、頭が一瞬真っ白になった。

え?帝王切開?…もう?

もちろん帝王切開という選択肢があることは知っていたけれど、正直あまり詳しく調べていなかった。僕たちの想定は、あくまで「自然分娩がうまくいかなかった場合の選択肢」という位置づけ。まさかそれが突然、目の前の現実になるなんて。

手術の準備が進む中、妻は思いの外「もうどうにでもしてくれ」といった様子。
午後に入れていた仕事を全てキャンセルして、万全の状態で手術に臨んだ。


医師に言われた。「赤ちゃんは、15分くらいで出てくると思います」
それを聞いて、少し安心した。
ところが、待てども待てども、赤ちゃんの産声は聞こえてこない。

10分…15分…20分…と時間は過ぎていく。
まだ産声は聞こえてこない。

時計の針の動きが、いつもより遅く見えた。

30分が過ぎたあたりで、僕の中で小さな恐怖が大きくなりはじめた。
「無事に生まれてくれるだろうか」
「もし健康に生まれてこれなかったら、自分の腎臓の一つと交換できるなら喜んで差し出すのに」
そんなことを本気で考えていた。普段の自分なら、突拍子もないと思うような思考が、あの時は自然に頭に浮かんできた。

赤ちゃんと妻、2人が無事でありますように。
今までの人生で一番、祈った時間だった。


「○○さん、どうぞ」

ようやく名前を呼ばれ、手術室の前に案内された。
ガラス越しに見えたのは、小さな、小さな体。

我が子だった。

でも、想像していた「元気に泣いている赤ちゃん」の姿ではなかった。
保育器の中、たくさんのチューブに繋がれた我が子。
目もあいていないし、呼吸も少し不安定だと説明された。

「大丈夫です、よくあることですよ」と看護師さんは笑顔で言ってくれた。
でも、僕の胸の奥はぎゅっと締め付けられるようだった。

「こんなに管を付けられて…本当に大丈夫なんだろうか…?」
心配でたまらなかった。

それでも、看護師さんたちはみんな優しく、明るく接してくれていた。
「おめでとうございます!」
その言葉を聞いて、ようやく少しだけ、肩の力が抜けた。


「なんて声をかければいいだろう」
予想以上に長い待ち時間の中で、まだ生まれたばかりの小さな命に、何を伝えようかと考えた。

頭の中にいくつか言葉が浮かぶけれど、どれも薄っぺらく感じた。
「頑張ったね」とか「ようこそ」とか、いろんな言葉を試してみたけれど、どれもしっくりこない。

そんな中で、ふと一つの言葉が心に浮かんだ。
たった一言、でも、それが一番本当の気持ちだった。

「生まれてきてくれて、ありがとう」

不思議なもので、それを口にした瞬間、少し恥ずかしかったけどやっと伝えられた達成感があった。
これまでの9ヶ月間、妻と一緒に過ごしてきた時間。
検診のたびに「今日は元気かな?」とドキドキした時間。
いろんな不安と期待と、小さな幸せを一緒に感じてきた時間。

全部が、この一言に詰まっていた。


初めての育児は、きっとこれからもっともっと大変になる。
寝不足、泣き声、オムツ、離乳食、夜泣き…。
想像しただけで、目が回りそうになる。

でも、そのすべては「この子が生まれてきてくれたから」始まる物語。
まだ何もできないこの小さな命が、僕たち夫婦にとっては、ものすごく大きな存在になった。

これから何度も「ありがとう」と言うことになると思う。
初めて笑った時も、初めて立った時も、初めて「パパ」と呼んでくれた時も。
でも、そのすべての始まりが今日。
2024年5月7日という日だった。


生まれてきてくれて、ありがとう。

これから一緒に、たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん成長していこうね。
パパも、君と一緒に、ちゃんと父親になっていくよ。